6/12(日)晴れ
下田の道の駅『開国しもだみなと』に泊まった翌日の話です。
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4時起床。日の出は4時半なので、辺りはほんのりと明るい程度だが、鳥たちの囀りは、すでに朝が始まっていることを示していた。
今日は日曜日。日曜日には魚市場が催されるのでとても楽しみだが、8時半からなのでだいぶ先だ。それまで下田市街を散歩することにした。
波止場には漁船や遊覧船、ボートなどが静かに浮かんでいた。
海から船を引き上げて修理するためのレールが、緩い傾斜で水中へとのびていた。
下田市街は格子状の通りに商店街が広がっているが、朝なので皆シャッターが下りていて、街は閑散としていた。
なまこ壁の建物をよく見かける。黒色の壁に、白くて丸く盛り上がった斜めの格子模様が入っていて、建物全体がまるで網に包まれているかのようで面白い。いかつく、豪快な印象を受けた。
波止場には、伊豆の踊子の終盤で主人公が旅芸人の一行と別れ、汽船に乗って下田を後にした、汽船乗り場の跡がある。といっても今ではただ碑がたっているだけで、趣はなかった。
当時の写真(大正時代)を見ると、現在はコンクリで固められている波止場が、石積みで造られており、待合所がなまこ壁だった。
汽船乗り場跡の辺りには干物屋が集合しており、その何軒かでは斜めに立てかけた四角い網の上にアジや金目鯛の開きを並べ始めていた。
今日も快晴で暑い。きっと良い干物ができることだろう。8時になったので再び道の駅まで戻る。
日曜市は想像していたよりも規模が小さく、期待していた分がっかりだった。それよりも面白かったのは、隣の魚市場で漁師たちが見事な金目鯛の山を、水を豪快にかけて洗い、熟練した手さばきで次々と箱に振り分けていく様子だった。
漁師たちが山を崩し終わると、また新しい金目鯛のカゴを載せた運搬車がやってきて、同じ場面が繰り返される。空になったカゴは、別の者がブラシで軽快にこすり清掃する。一連の作業が興味深くてついつい見入ってしまった。ちなみに下田は金目鯛の水揚げが日本一とのことだ。
金目鯛を間近で見て、その猫の眼よりも金色に輝く半球形の眼に驚いた。金目鯛と呼ばれる訳がやっと分かった。
魚市場では食堂で金目鯛の刺身丼を食べた。言い表しようがなく旨かった。
ペリー上陸の碑まで歩き、そこから下田公園に入った。
下田公園は、下田城があった山を中心に整備されている。この季節にはアジサイ祭りが開催されていて、顔のようなアジサイがお互いの距離を保ちつつも辺り一面を覆いつくすほどにたくさん咲いていて、とても美しかった。
6月をこれほど素敵な季節だと感じたのは初めてかもしれない。
下田公園から下田市街を一望。正面にきれいな三角形の下田富士が見える。
下田公園の山から下りて、昭和の湯で汗を流した。シャワーはないが400円という格安で入浴できる、貴重な銭湯だと思う。
それからペリーロードを歩いて下田駅前までやってきた。小川沿いに伸びているペリーロードには、趣のある建物が残っていて、歩いていて楽しい。
今回の伊豆旅行もいよいよ終盤だ。少し時間を持て余しているので下田富士に登ることにした。下田駅から徒歩3分くらいのところに登山口がある。
傾斜はきつく、脚が疲労していたため、登るのは一苦労だった。頂上に近づくと、地面というより大きな一つの岩塊を登っているように思えた。
頂上には簡素な社殿があった。周囲は高木で覆われていて、何も見えなかった。ほんの隙間から一部が見えた寝姿山は、女性の横になった姿に似ているからこう呼ばれるのだ、と分かった。
下山。途中で地元の人たちに会って立ち話をした。皆さんご高齢にもかかわらず、ほぼ毎日トレーニングとして登山しているというからすごい。
16時過ぎ、伊豆急行で下田を去る。東京には夜に着いた。孤独な旅行だった。
(完)